大正ロマンの傑作、重要文化財・山形「文翔館」~有名な建物を見学しました、27

5月下旬、仙台での所要が午前中で終わったので、以前から一度訪ねてみたかった国の重要文化財・山形の「文翔館」へ足を運びました。

110年前の大正時代に建築されたルネサンス様式のロマンあふれる建物で、平成時代に約10年にもおよぶ修復工事を経て当時の姿に復原されています。

今回は、設計士の目線からできるだけわかりやすくこの建物をご紹介します。

山形市の山形郷土館文翔館の正面の外観


 

1.文翔館とはどんな建物か

正式名称は「山形県旧県庁舎及び県会議事堂」。大正5年(1916年)に竣工し、昭和50年(1975年)まで約60年にわたって実際の県庁舎・県会議事堂として使われ続けた建物です。

建物は旧県庁舎(ロの字型・地下1階地上2階建ての3層構造)と、渡り廊下でつながる旧県会議事堂の2棟構成。

敷地も広く、正面には立派な門構えがあります。

山形市の山形県郷土館文翔館の道路から見た外観

昭和59年(1984年)に国の重要文化財に指定され、10年の歳月をかけた復原工事を経て、平成7年(1995年)に「山形県郷土館・文翔館」として一般公開されています。

入館は無料です。

文翔館の館銘碑、花崗岩に刻まれた石碑

文翔館の入り口にある案内板

 


 

2.外観

(1)イギリス・ルネサンス様式——左右対称の堂々たる構え

文翔館が建てられた1916年(大正5年)、外観は石と赤レンガを組み合わせた重厚なデザインです。

左右対称の外観の文翔館

イギリス・ルネサンス様式——古典的な装飾と中世的な形態が併存する、華やかさと格調を兼ね備えたこの様式は、当時の官庁建築に広く取り入れられました。

最大の特徴は左右対称の外観——これはこの時代の西洋建築設計における基本原則のひとつで、権威と格式を視覚的に表現するものです。

文翔館の車寄せとバルコニーがわかる外観

正面玄関の上には張り出したバルコニーがあり、全体の構成に奥行きとリズムを与えています。

建物の頂部には、シンボル的な時計塔がそびえています。

4方向に文字盤を持ち、外観全体のアクセントになっています。

文翔館の正面から見た時計塔

時計塔の詳細は、館内の項(9)でご紹介します。

 

(2)レンガは東京駅・赤坂離宮と同じ深谷産

文翔館のレンガは深谷(埼玉県)産です。

これは当ブログでもご紹介した赤坂離宮[関連ブログへ])、旧帝国ホテル[関連ブログへ])、そして東京駅と同じ産地のレンガです。

東京駅

東京駅のレンガ

山形文翔館のレンガ

山形文翔館のレンガ

 

(3)外壁の花崗岩——石造りに見えるが実はレンガ造り

旧県庁舎の外観でもうひとつ特徴的なのが、花崗岩(かこうがん)が外壁に張り付けられていることです。

正面から見ると白い石造りの建物に見えますが、レンガ造りの構造。

レンガの建物に山形県南陽市(旧中川村釜渡戸)産の花崗岩を貼って仕上げています。

文翔館の花崗岩の外壁

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当ブログで以前ご紹介した赤坂離宮(旧東宮御所)[関連ブログへ])も同じように白い花崗岩を外壁に使った構成で、辰野金吾をはじめ当時の建築家たちが好んだ仕上げ方でした。

正面から見ると石造りの宮殿のような存在感があります。

赤坂離宮迎賓館の外観

赤坂離宮迎賓館の外観

 

 

(4)設計者——コンドルの内弟子が手がけた

設計は、米沢市出身の中條精一郎を顧問に、田原新之助が担当しました。

田原は、明治期に日本の西洋建築に多大な影響を与えたお雇い外国人建築家ジョサイア・コンドルの内弟子です。

コンドルの弟子には、東宮御所(現・迎賓館赤坂離宮)を手がけた片山東熊や、東京駅を設計した辰野金吾など、日本近代建築を代表する建築家たちが名を連ねています。

文翔館はコンドルが育てた建築家たちが全国各地に西洋建築を広めていった時代の、その流れを受けた建物になります。

旧岩崎邸庭園洋館

コンドルが設計した、東京の旧岩崎邸庭園の洋館


 

3.館内

 

(1)車寄せ——ギリシャ神殿を思わせる玄関

文翔館の車寄せ

正面玄関の前には車寄せがあります。

馬車や車が横付けして人を乗り降りさせるための屋根付きの空間で、官庁建築や宮殿建築には欠かせない要素です。

文翔館の車寄せの柱

柱はギリシャ神殿を思わせる古典的な装飾が施された太いもの。

玄関ドアは半円形の内開きで、西洋建築らしい格式のある出迎えを演出しています。

文翔館の半円形の玄関ドア

文翔館の半円形の玄関ドア

文翔館の玄関

文翔館の玄関

文翔館の玄関の階段

 

(2)エントランス——飾り柱と大階段

文翔館玄関の大理石の柱

玄関を入ると、まず装飾の施された飾り柱が目に入ります。

太く重厚な柱がエントランスホール全体を引き締めています。

視線を奥に向けると、大きな中央階段が待ち構えています。

文翔館の中央ホール

 

 

(3)中央階段

 

a.重厚な手すりとステンドグラス

文翔館の大階段

エントランスには大きな中央階段が待ち構えています。

手すりは重厚な意匠で、踊り場にはステンドグラスが組み込まれた窓があります。

当時の西洋建築ではステンドグラスが多く用いられており、光と色彩で空間を豊かに演出する手法が好まれました。

光がそこから差し込んで、階段をのぼる体験が特別なものになっています。

文翔館のステンドガラス

ステンドグラスは月桂冠の葉の輪飾りのデザインが施されています。

これは西洋建築で栄誉や格式を象徴する伝統的なモチーフで、官庁建築によく使われた意匠です。

 

b.窓ガラス——大正期のガラスは波打って見える

中央階段の踊り場には当時のままのガラス窓が一部残っています

現代のガラスと比べて見ることができるのですが——当時の窓ガラスを通して外を見ると、景色が少し波打って見えます。

これは当時の製造技術によるもの。現代の板ガラスは均一に引き伸ばして作りますが、大正期のガラスは厚みにムラがあり、その微細な違いが光の歪みを生みます。

この何気ない歪みが、建物全体のレトロな雰囲気を一層引き立てているように感じました。

文翔館の階段室にあるガラス

少し分かりにくいかもしれませんが、写真の3つのガラス窓のうち、右側のガラスが当時のままのものです。

写真では違いが伝わりにくいのですが、実際に現地で見ると波打ちがはっきりとわかります。

文翔館を訪れた際は、ぜひご自身の目で確かめてみてください。

 

(4)正庁——格式と美しさの頂点

文翔館の正庁の案内板

階段を上がった2階の正面が正庁(せいちょう)です。

かつて重要な会議や公式行事に使われた部屋です。

文翔館の正庁の部屋の全体の画像

床は寄木張り——複数の木材を組み合わせて幾何学的な模様を作る技法で、高級感と職人技の両方を感じさせます。

文翔館の正庁の床

天井を見上げると花飾りのある漆喰(しっくい)仕上げ

文翔館の正庁のしっくいの花飾り

文翔館の正庁の花飾りの拡大写真

文翔館の正庁のドア

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シャンデリアが下がり、その光が寄木の床に反射する——そこに佇むだけで、大正時代の山形の官僚たちの緊張感のようなものが伝わってくる気がします。

文翔館の正庁の天井のシャンデリア

ガイドさんがこうおっしゃっていました。「赤坂離宮には遠く及びませんが、地方の建物としてはかなり豪華な部類です」と。

地方の県庁舎でここまで丁寧に作ったという事実は、むしろこの建物への評価を高めるものだと私は思います。

文翔館の正庁のパノラマ写真

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(5)バルコニー——正庁に面した眺めの良い張り出し

正庁の部屋は、正面玄関上のバルコニーに面しています

床面には多治見産のタイルが市松模様に張られており、なんとも品のある仕上がりです。

多治見といえば愛知・岐阜のタイル産地として有名ですが、このバルコニーの細部を見ていると、大正期の職人たちがいかに丁寧に仕上げたかが伝わってきます。

文翔館のバルコニー

バルコニーからは、毎年花笠まつりで賑わう大通りが一望できます。

私が訪ねた日は前日の雨で出ることができませんでしたが、祭りの日に眺めたら最高でしょうね。

文翔館前で行われた花笠まつり

 

 

(6)貴賓室——暖炉と「実用されなかった鏡」

文翔館の貴賓室の案内板

正庁に隣接して貴賓室があります。豪華な内装の部屋で、暖炉が置かれています。

暖炉の上には楕円形の大きな鏡がかけられています。

ガイドさんの説明では「位置が高すぎるので、実用されなかったのではないか」とのことでした。

文翔館の暖炉のある貴賓室

 

(7)知事室——椅子に座れます&ロケ地にも

文翔館の知事室の案内板

文翔館の知事室の様子。

知事室も公開されており、当時の知事が使った椅子に実際に座ることができます

私も座らせていただきましたが、なかなかどっしりとした重厚な椅子でした。

文翔館の知事室の椅子に座る筆者

この知事室は映画「るろうに剣心」のロケ地としても使われたそうです。

文翔館は映画やドラマのロケ地として度々選ばれており、大正期の重厚な内装が映像の世界観にぴったりなのでしょう。

文翔館の知事室で撮影された映画るろうで剣心の様子

 

(8)中庭——まるでヨーロッパ

旧県庁舎はロの字型の平面プランで、中央に中庭があります。

四方を取り囲むレンガの外壁、石畳の床——そのたたずまいは、まさにヨーロッパの中庭そのもの。

山形にいながら、どこかチェコやハンガリーの旧市街に迷い込んだような感覚になります。

文翔館の中庭

中庭に出ると、2階と3階のレンガの色が異なることに気づきます。

これは、建築中に深谷のレンガ工場が火災で焼失してしまったため、別の工場で調達したレンガを使わざるを得なかったからです。

文翔館の中庭のタイルの違いが判りる外壁

知らずに見ると少し違和感を覚えるかもしれませんが、この経緯を知ると見え方が変わります。

100年以上前、工場が燃えるという困難の中でも建設を続けた当時の人々の苦労が刻まれた、いわば歴史の一ページといえるでしょう。

文翔館の室内から見た中庭の様子

 

 

(9)時計塔——日本で2番目に古い現役機械式時計

外観でも触れた時計塔ですが、実はこの時計、今も現役で動いています。

現在稼働中の時計台としては札幌時計台に次いで日本で2番目に古いものだそうです。

文翔館の時計塔

文字盤の直径は1m。機械式時計のため、職人さんが5日に1回、手動でゼンマイを巻いて今も動き続けています。

時計の維持にも、建物と同じく人の手と手間がかかっている——そのことがまた、この建物の「守られている」感をひときわ強くしてくれます。

文翔館の時計棟の説明板

札幌時計台と並び称される時計台を持ち、北海道庁旧本庁舎(赤レンガ庁舎)と同じ赤レンガ造りでもある文翔館は、札幌に住む私には特別な親しみを感じさせてくれる建物ですね。

 

(10)旧県会議事堂——赤レンガの渡り廊下棟

文翔館の議場の説明板

旧県庁舎の北側には、旧県会議事堂があります。

山形県旧県庁舎の議場の外観

文翔館(山形県旧県庁舎)とは渡り廊下でつながれています。

山形県旧県庁舎と議場を結ぶ渡り廊下

山形県旧県庁舎と議場を結ぶ渡り廊下

文翔館の中から見た渡り廊下

こちらはレンガ造り2階建てで、外観は赤レンガが主役。

文翔館と渡り廊下でつながる議場

旧県庁舎の石貼り外観とは対照的な、温かみのある赤が映えます。

私が訪問した際は修復工事中で内部の見学はできませんでしたが、議場は現在もコンサートや演劇などに使われているそうです。


 

4.復元工事

昭和59年(1984年)に国の重要文化財に指定されたことを受け、昭和61年(1986年)7月から保存・公開に向けた修復工事が始まりました。

平成7年(1995年)9月に事業が完成。

実に10年の歳月をかけた一大復原プロジェクトです。

見学の前に、少し知っておくと、ちょっと見方が変わるかもしれません。

 

(1)漆喰の飾り天井——4年を費やした細密作業

正庁の天井を見上げると花飾りのある漆喰(しっくい)天井があります。

漆喰とは、消石灰を使った、壁や天井の仕上げに使われる伝統的な左官材料です。

熟練した職人の技術が必要なため、これが復原工事の中でも特に時間のかかった部分です。

ガイドさんの説明によれば、10年間の復原工事のうち約4年間が漆喰の飾り天井の修復に費やされたそうです。

文翔館の漆喰天井の説明板

文翔館の実物の漆喰の飾り天井

文翔館で飾り天井を修復する様子

一枚一枚の花飾りを職人が手作業で再現していった、気の遠くなるような作業だったと思われます。

 

(2)床材の復元——リノリウムと藁(わら)の下地

館内では場所によってさまざまな仕上げが使われています。

文翔館の廊下のリノリウム床

正庁や貴賓室は寄木張りの床でしたが、廊下や一般の部屋の床はリノリウムを使用していました。

リノリウムとは亜麻仁油と木粉を主原料とした天然素材で、現在でも病院や店舗などで使用されています。

文翔館の建築当時のリノリウム床とわらの下地

復原工事の展示コーナーでは、建築当時の床の様子も紹介されており、床(リノリウム)の下地にむしろ(藁(わら)を編んだ敷物)が敷き詰められていたことがわかります。

ガイドさんの話ではむしろはクッション材の役割を果たしていたのではないかとのことでした。

100年前の職人が「歩き心地」まで考えていたことに、素直に感心しました。

 

(3)屋根——石巻産スレート葺き

文翔館のスレートの説明板

屋根にはスレート(粘板岩)が葺かれています。これは宮城県石巻産のもの。

文翔館の屋根の修復の様子

北海道庁旧本庁舎(通称、赤レンガ庁舎)の屋根にもスレートが使われており、私にはなじみ深い素材です。

文翔館で復元された実物のスレート

スレートは耐久性に優れ、重厚な色合いが洋風建築に非常によく似合います。

文翔館の屋根の様子がわかる画像


 

5.まとめ——守ることの価値と重要性

文翔館を見学して一番強く感じたのは、「守ることの価値と重要性」です。

復原工事では、漆喰天井だけで4年間。60の業者、500人の職人、そのうち8割が山形県内の職人だったというのも印象的です。

地元の職人が地元の建物を守った、という事実がこの建物に宿っています。

文翔館の内部の壁の和紙を修復する様子

文翔館の内部の壁の和紙を修復する様子

昨年まで北海道庁旧本庁舎も改修工事が行われていました。

歴史的建物の維持には莫大なコストと技術が必要です。

文翔館のような建物は、単なる観光スポットではなく貴重な文化遺産であり、地域の文化・歴史と深く結びついた社会的意義の高い存在です。

設計士として、こうした歴史的建物に多くの方が関心を持ち、大切に守られていくことを願っています。

議場の耐震補強の様子

旧県会議事堂の議場のように、外観を損なわない形で耐震補強しながら現役で活用されている——それもまた『守る』ことの一つの形です。


 

6.見学のご案内とアクセス

見学時間の目安

見学時間は約1時間ほどが目安です。急いで回る必要はなく、時間がゆっくり流れる落ち着いた空間なので、のんびりと楽しんでください。

ガイドさんの案内も無料で受けられます。

文翔館の間取り

 

喫茶室

文翔館の喫茶店

見学の後は1階の喫茶室でひと息つけます。

山形県産のフルーツを使ったスイーツなども楽しめます。

この建物の雰囲気の中でコーヒーをいただく時間は、見学の余韻をゆっくり楽しむのに最適です。

文翔館のコーヒー

文翔館ブレンドコーヒーはフルーツのようなフレーバー

 

アクセス

山形駅までは仙台駅から山交バスで約1時間20分、片道1,100円ほど

バスは1時間に4本ほど出ているので、時刻表をあまり気にせず訪問できます。

午前中に仙台で用事を済ませて午後から立ち寄る、という使い方も十分できます。

山形駅前のべにちゃんバス

ベニちゃんバス

山形駅からは、市内路線バスで約10分、「山形市役所前」下車すぐです。

市内を巡るベニちゃんバス(100円)も便利です。

徒歩でも約25分ほどで歩けます。

 

施設情報

文翔館(山形県郷土館)
住所:山形市旅篭町3丁目4番51号
開館時間:9:00〜16:30(最終入館16:00)
休館日:第1・第3月曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始
入館料:無料
電話:023-635-5500

文翔館の概要の案内板


 

近くのおすすめ——旧済生館本館

文翔館からほど近い場所に、国指定重要文化財「山形郷土館(旧済生館本館)」があります。

日本建築に西洋のデザインを取り入れた擬洋風建築の代表作として有名な建物で、16角形の外観に8角形の構造、そして中心に中庭を持つという、日本でも類を見ないユニークな造りです。

建築にご興味のある方は、ぜひ合わせて見学されることをおすすめします。

山形郷土館(旧済生館本館)

 

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田中昭臣(たなかあきおみ)1級建築士、宅地建物取引士

建築設計事務所「ライフホーム設計」代表

*注文住宅の主としたハウスメーカーで設計を経験し独立。

(建築実績100棟以上、現在も月に2,3棟の間取り設計に関わる)

貴方の想いをカタチに一緒に作る住マイルな住まいを目指しております。

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